霞流の事が好きだと告げて、はいそうですかと納得してもらえる事はないだろう。それは美鶴にもわかっていた。だが、なぜ好きなのかと聞かれるとは思っていなかった。
なぜ好きなのか?
なぜ?
「なぜって、それは」
「答えられないのか?」
「答えられないって言うか」
「じゃあ何だよ?」
「何って?」
「何であんなヤローの事なんて好きになったんだよ?」
「あんなヤローって」
「どうして好きになった? いつから? どうして?」
「どうしてって」
「京都で何があった?」
「何も無いよ」
「嘘だろ?」
「嘘じゃない」
「じゃあ何で霞流なんかに惚れるんだよ?」
「それは」
「答えろよっ!」
「どう答えればいいのかがわからないよっ」
矢継ぎ早に聞かれ、美鶴にも苛立ちが沸く。
「何を聞かれているのかがわからない。どう答えればいいのかがわからないよ」
「京都で何があったのかを答えればそれでいいんだよ」
「何も無いって言ってるだろうっ」
叫び、肩の手を激しく払う。
「何なんだよ、突然京都って」
「それしか考えられないんだよ」
払われた手もそのままに、聡は一歩前へ。
「お前が、なんであんなキザヤローに惚れたのか。理由なんて他に思いつかねぇ」
きっと京都で、霞流の奴が甘い言葉で美鶴を誘ったんだ。そうだ。そうに決まっている。
「何を言われた?」
「何も言われていない」
「何をされた?」
「何もされてない」
「じゃあ何でっ」
床へ向かって叫ぶ。
「何であんなヤローに惚れるんだよっ!」
納得できない。ずっと自分は、自分はずっと美鶴を想ってきた。もうずっと昔から美鶴を見てきたのだ。それなのに、出会ってまだ一年ほどしか経っていない男に美鶴を取られるなんて、そんなのは絶対に納得できない。
「あんなのはやめろ。あんなキザヤローなんて、お前には似合わない」
「失礼な事言わないで」
「失礼じゃねぇよ。ホントの事だ」
右手で美鶴の左の手首を握る。
「やめろ、あんな奴はやめろっ!」
今にも飛び掛りそうな聡を、瑠駆真がどうにか全身で抑える。そんな瑠駆真を聡が睨む。
「お前は平気なのかよ。他の男に美鶴取られて」
お前の気持ちは、所詮その程度のものなのか?
そう問いかける聡の視線から逃れるように、瑠駆真は瞳をゆっくりと美鶴へ向けた。
「霞流は、君の気持ちを知っているのか?」
嘘は許さない。
甘くとも激しい眼光で見つめられ、美鶴は唇を引き締める。
「知ってる」
「両想い、なのか?」
できるなら聞きたくない、というように少しだけ眉根を寄せ、それでも瑠駆真は聞き取りやすい声で聞く。
両想いなら、たとえここで聞かずともいずれ知れる事だ。
美鶴、君は残酷な人だから、きっと僕たちに隠し通すなんて事はできない。だったらいっそ、聞いてしまった方がいい。
そんな相手に、美鶴もはっきりと答えた。
「答えは、まだもらってない」
嘘、ではないよな。
好きだとも、嫌いだとも言われてはいない。はっきりと振られたワケではない。はずだ。
言い聞かせる。
まだ諦める必要はない。
「保留にされている、といったところか?」
「その辺りはどう理解してもらってもいいよ」
「変に期待を持たせられているといったところかな?」
妙な嫌味が込められているようだが、美鶴には意味がわからなかった。そんな態度に、瑠駆真は聡から手を離して向かい合う。
「態度をはっきり決めてもらわないと、人間は変に期待してしまう」
ようやく言われている意味を理解し、美鶴は少し俯いた。
「悪かったとは思っている」
「正直、謝ってもらいたいとは思わないね」
怒ってるな。
覚悟はしていた。美鶴は瑠駆真の瞳を見ることができない。
瑠駆真は怒ると怖い。感情を爆発させて怒鳴り散らす聡よりも、むしろ怖いのかもしれない。
「さんざん期待を持たされて、挙句の結果がこれか。君もずいぶんと酷な人間だね」
ズケズケと言われても、美鶴には言い訳もできない。
「悪かったとは思ってるんだ」
「思ってるんだったら、考え直せ」
瑠駆真から開放された聡が、グルリと首をまわす。
「あんなキザヤローなんて、納得できない」
「霞流さんは、お前たちが思ってるような人間じゃない」
「俺たちがどう思ってるって?」
「女の人に色目を使って、あちこちで女を引っ掛けて楽しんでるような人だとでも思ってるんでしょう?」
「色目使ってるってトコロは、間違ってないだろう?」
「間違ってるよ。霞流さんは、そんな軽々しい人じゃない」
そう、そんな程度の人間ではない。聡たちが思っている以上に、過激で峻烈で手強い相手なのだ。
中途半端な覚悟では太刀打ちできない。
「ずいぶんと、知ったような事を言うね」
ゆっくりと、少し大仰に瑠駆真が口を開く。
「僕たちの知らないうちに、ずいぶんと親しくなったような雰囲気だ」
油断したよ。
屈辱が胸の内を覆う。
「大丈夫です。あなた達の恋路を邪魔するような存在ではありませんよ」
若葉の眩しい新緑の五月。霞流は爽やかな笑顔と共にそう言ったはずだ。
とんだ茶番だ。出し抜かれたよ。
思わずギリッと歯噛みをしそうになる。しなかったのは、背後に気配を感じたから。
振り返る先で、スタイルの良い少女が室内を覗く。
「あ、ごめん」
それが第一声。
「邪魔だったね」
「あ、いや」
慌てて否定しようとするのは美鶴。
「別に邪魔じゃない」
「でも、お話中でしょう?」
「いや、別にそういうわけじゃ」
言いたい事は言ったのだから、美鶴としては呼び出した用件は終了したワケだ。よって、できるならこの話は終わりにしたい。だが、対する二人がそれを納得するのか?
駅舎から離れようとするツバサを引き留めながら、チラリと視線を投げてみる。その姿に、小さくため息をついたのは聡。
「納得はできねぇぜ」
唸るように言い
「でも、今は引く。怒鳴り散らしたところでどうにかなるとも思えねぇからな」
昨日の事もあるし、今は強気には出られない。聡も、瑠駆真も。
小さな瞳でツバサへ視線を投げる。
喚き散らしてばっかりだから美鶴にも嫌われる。そのような事を彼女に言われた事がある。
同じ事を何度も言われるのは癪だしな。それに、わざわざ二人を呼び出して宣言したのだ。美鶴だってそれなりの決意を持っての発言なのだろう。
美鶴は小さい頃から変なところで頑固だった。今ここでこちらが喚けば、逆に彼女の決意を強固にしてしまうだけかもしれない。
だが、納得はしていない。
グッと拳を握り締める。
とりあえず冷静になって、行動するのはそれからだ。
拳を握り締めたまま、もう片方の手で鞄を鷲掴み、そのまま肩に乗せ、背筋を伸ばした。
180cmを超える高さからの視線。ただでさえ威圧的なその態度に苛立ちを付け加え、ゆっくりと一歩を踏み出す。
「納得はしてねぇからな」
そうして、駅舎の外で状況を見守っているツバサへも視線を投げ、後は無言でその場を去った。
「彼も、頭を使うようになってきたね」
その後姿を見送り、瑠駆真もゆっくりと美鶴へ背を向ける。そうして肩越しに振り返る。
「とりあえず、君の考えが聞けたという点では、僕たちの関係は前進したのかもしれない」
予想外の方向だけどね。
「それにしても、いきなりの告白で少しびっくり。何も昨日今日で好きになったワケでもないんだろう? 何が君にそう言わせたのかな? 僕たちが、僕がそうさせたのか?」
それならば、時には強引な手も使ってはみるものだね。
そう言いたげな瞳が揺れる。
色めかしく、艶やかで、麗しく、そして深い。
僕がそうさせたのか?
昨日の言動など反省しているようにはまったく見えない。なぜだか不敵で、得意げだ。
ひょっとして、悪い事したなんて全然思っていないとか? 冗談でしょうっ! 少しは反省してくれよ。こっちはどんな気持ちで今朝から過ごしてきたと思ってんのよ。アンタ達と向い合うのだって、正直まだドキドキするんだからねっ!
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